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大奥③和宮と家茂と篤姫

う~切ない~。。。。
家茂の妻、和宮様のことをいろいろ調べていると、何とも胸をしめつけられます。
幕末動乱期に、公武合体という政治の切り札として政略結婚させられた女性です。
同じく、家茂も政治的策謀に担がれ、将軍の座に就いた(このとき13歳)人ですので、夫婦とも政治の波乱に飲み込まれた人生だったと言ってもいいかもしれません。
このところ篤姫ブームでしたが、
和宮様のことも、ドラマになるといいのになぁ・・と思います。
かつて、有吉佐和子さんの小説「和宮様御留」(替え玉説のおはなし)が、
1981年(フジ)と1991年(朝日)にドラマ化されているようですが、
どうでしょうね(30年前と20年前)。
現代は、もっと、時代を新しく作っていくような力強いストーリーのほうが、ウケるかもしれませんね。
和宮様のは、時代と運命に翻弄されるお話なので、
「電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのも、みんな私が悪いのよ」みたいな世代には、より好まれるお話しなのかもしれません。

さて、和宮様のチャートは、
太陽蟹座、天王星(牡羊座)とスクエア。
月は天秤座、冥王星(牡羊座)とオポ、水星(蟹)とTスクエア、土星海王星と120度。
あたたかい家庭とか心の温もりとかの蟹座の太陽は、天王星(突然の出来事)でばっさり切られています。
また、パートナーシップや対人関係を表す天秤座の月は、冥王星(宿命的な出来事)にとことん介入され、水星スクエアで常に周囲に神経を張りつめ、さまざまなことにうまく対処する必要に迫られます。これを調停するのは、犠牲的ともいえる献身。
なんだか、そのまんまですねぇ・・・。
和宮が生れた時には父(仁孝天皇)が亡くなり、きょうだいの多くも夭逝しています。16歳差の腹違いの兄(孝明天皇)が可愛がってくれましたが、公武合体問題で、やむにやまれず16歳のときに幕府に嫁ぐことになりました。
このとき、和宮は有栖川宮熾仁(11歳年上)さんと婚約していました。こどもの頃から有栖川宮邸で習字を習ったり、婚約者の熾仁さんから和歌を習ったりしていたので、本当に慣れ親しんでいて、憧れのように結婚を心待ちにしていたであろうと思われます。
いよいよ年内には嫁入りかと言われていたある日、突然の幕府へのお輿入れ話です(身分的には階級が下の家へ嫁ぐ降家)。
この辺りの展開は、金星が物語っています。
双子座金星は木星と合、獅子座火星と60度なので、けっこう楽しく華やかな御縁があるものの、犠牲のアスペクトともいわれる土星海王星とスクエアで、失恋&悲恋にばっさりやられてしまいます。

しかし、ここで救いなのは、嫁入りした先の家茂が、やさしくいたわりのある好青年(見た目にも良い)だったことです。
和宮の、金星木星合、火星と60度の、恋愛に嬉しいアスペクトは、またしても効いています。
お互い同い年(16歳)、しかも、お誕生日は14日違いで蟹座同士です。
家茂は太陽蟹座リリス合で冥王星とスクエア。月は火星水星と90度。もしかしたら時間によってはドラゴンテイルと合かもしれません。
リリスや冥王星やドラゴンテイルが絡んでますものね。
政略的に将軍に担ぎあげられましたが、なかなか大変な人生です。お母様も酒乱だったとか。

二人の二重円を出しますと、お互いのリリスの上に水星を乗せていますね。
リリスは、性的なものの他に、世の中から捨てられたような暗い部分をも意味しています。
お互いに、政治的な道具に翻弄されている人生だとか、お互いに病弱だとか、さまざまな弱い部分を、理解し合ったりいたわりあったりしていたのでは。
また、家茂の月は和宮の太陽と60度になりますか。
夫婦仲は良かったと言われていますが、リリスと水星が鍵を握っていたのですね。
お互い蟹座ですし、この絆は固いでしょうね。

しかししかし、また運命の波に翻弄されます。
倒幕の動きが大きくなり、家茂は京都や大阪へ何度も足を運ばなければなりません。
もともと身体が丈夫ではないこともあり、3度目についに還らぬ人となってしまいました。
家茂が大阪で床に伏せっている間、和宮はいてもたってもいられず、かいがいしくお見舞いの品を送ったと言います。
このときふたりは21歳。一緒に暮したのは2年ぐらいだそうです。
う~~ん。金星に土星と海王星のスクエア(失恋&悲恋)が、ここでもついに・・・・・・・。
なんとも切ないことですねぇ・・・。

その後、徳川家の存続と江戸城無血開城にむけて、何度も朝廷へ嘆願書をおくるなど、篤姫とともに尽力されます。
篤姫と和宮の年の差は10歳。篤姫も24歳の時に夫の家定を亡くしています。
篤姫の結婚生活も1年9カ月ほどだったとか。
ふたり、なんだか似ていますね。
そもそも篤姫(家茂の後見人、つまり姑)と和宮は、それまでは仲が悪かったと言われています。公家と武家のしきたりの違いで、女中たちの間で揉め事が多発していたようですね。
篤姫も、和宮との対面の時、座布団を使わせなかったとか、嫌な対応をとったりしたそうです。
ふむふむ。これはこれは篤姫、和宮に焼きましたか。
和宮は、優しそうで愛嬌があって屈託のない愛されタイプの面がありますので、篤姫の満たされていない女の部分(猫っかわいがりしてほしい金星と月)が騒いだのでしょう。
篤姫が「嫁に来たのなら郷に従いなさい。あんた何様だと思ってるの!」みたいに正当な理由をくっつけて無礼な仕打ちをしたとしても、やっぱりこれは焼いてるんですよ~。
だって、知性を働かせたなら、もっと他に解決のしようがあったはずです。

さて、幕末に、一緒に尽力を尽くした和宮と篤姫。
二重円を見てみますと、一番目立つのが、火星同士のオポですね。
和宮は、おとなしそうなイメージですが、
火星が獅子座なので、実はエネルギッシュなタイプです。
金星も双子座で木星も合なので、お話し好きだし、楽しいことは大好きです。
篤姫の水瓶座太陽火星海王星が、和宮の火星とオポをとる形なので、これはお互い煽りますね。
火と風で火星海王星太陽で、理想に向けてゴーゴー燃えます。
篤姫は世のため人のためという使命感でいっぱいです。
和宮は、太陽(蟹座)に木星(篤姫の)を乗せられ、徳川家を守るという使命感に燃えます。
こうなったら何としてでも、江戸城無血開城と徳川家の存続の約束をとりつけるしかないということで、お互い鼓舞し合ってばっちり仲良くなったわけなのですね。
(ちなみに、お互いの月と金星はかみ合いませんので、大奥生活では仲が悪かったのもうなずけます。和宮のほうが爽やかで華やか。やっぱり、篤姫は焼いていたんですよ~。と、しつこく言ってしまう。)


まとまらないですが、このへんで。

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