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不登校について(コツなど)

今年は喪中ということもあって静かな正月を迎えています。
長男は中学まで住んでいた地方の町へ、成人式に呼んでもらって行っている(なんとハガキが来た)。
まるで田舎へ帰省するかのように、友達の家へ泊まってくるみたい(正月からありがたいことです)。
やつは中学生の時いろいろあって1年数ヶ月ほど学校を休んだ経験者なので、正直、向こうの成人式へは行かないのではと思っていました。だけど、きっといろいろ思うところがあるんでしょう。

長男があれだけ中学校を休んでも、普通高校へ進学し(ひろってくれる高校があるものだ)、普通に大学へ進学して、レポート、バイト、サークルなどなど大学生らしく生きているのを見ると、どんなルートをたどってもゴールは同じなんじゃないかと思ったりします。
(これから先どうなるかなんてリスクは、他の子と同じだろうと思う。)
また、不登校で休んでいる間は、ほぼ家でのんびりしていて勉強もしなかったけれど、その後どうにかなっているのは(勉強の抜けはたくさんあるはずなのに)、いったい何なのかと思う(そういう話よく聞きます)。
中学校って、あるいは中学校の勉強って何だろう(いや大事ですけれどね)。

「子どもはお母さんを救けるために問題を起こしているんだよ」というのは、同じ不登校のお母さん(子どもが学校へ行き始めた)から教わったこと。
お母さんの、どんな部分を救けてくれようとしているのかは、渦中にいる時にはわからないのですが、「あっそうか!」と気づくと、不思議と子どもが学校へ行き始めるという、そんな不思議なことが、私にもありました。
それからは(自分が)生きるのも、子育ても、ほんとうに楽になりましたね。
あの子があのまま(苦しいまま)学校へ行っていたら、私も子どもも、今でも苦しいだろうなぁ。

休んでいる間のコツは「お母さんは、親切な下宿のおばさんでいる」こと。
母親だからこの子を何とかしないと…と思うと、間違いなく余計なことをしてしまいます。
いかに余計なことをしないで我慢するか、というのが大事で、そのためには、お母さんの不安をコントロールし(子どもの心配をしないこと)、子どもの成長を信じることが大切(休んでいてもちゃんと心は成長しています)。
あと、お母さんが楽しく生きていること(死んではいけない)。
どんなことが余計なことなのかを知るために(余計なことをすると、けっこう子どものエネルギーを消耗させ、不登校が長引きますから)、また不安をコントロールするためにも、お母さんがカウンセリングを受けた方が良いと思います。

また、学校を休み始めた数ヶ月と、学校へ行き始めの数ヶ月は、特別な対応が必要ですね。ここでこじらせると、親子関係が悪化して長引きますから。
休み始めの時期は、もう「休む」と言った時点で限界なので、快く休ませること。
何日も続いてくると、親の方が不安になって、強引に行かせたり不機嫌になったり、いろいろな強硬策をくだしてしまうものです(まさかと思っても、そういう状況になると多くの人がやってしまうものなのですよ)。
たとえば、よく聞く話では、朝、登校時間になると下痢をしてトイレに籠ってしまう子が多いのですが、「早く出てきなさい!」と言ってトイレの戸をバンバン叩いたり、車で学校まで連れて行って校門前で無理やり蹴降ろして扉を閉めて走り去ったりするとか(そういう家は長引いていました)。
学校へ行き渋ったら、「休んでいいよ(休んでもいいし行ってもいいけど休んだら?というニュアンス) 」と言ってあげるのがベストだと思います。
「元気になった子が家にずっといられるわけがない。」というのが、カウンセラーさんに言ってもらって心の支えになった言葉です(実際そのとおり)。

また、しばらく休むと、ある時「明日学校へ行くよ」と言い出すのですが、ここで喜んだりしないこと(たいてい朝になると起きてきません)。
また、たとえ学校へ一日二日行っても喜んだりしないこと。たいてい、行ったり休んだり(ダラダラやっているように見える)しながら回復していくものです。
子どもの様子によって、親が喜んだり落胆したり浮いたり沈んだりすることが増えますが、その姿は子どもに見せずに、学校へ行っても休んでも変わらず普通にしていた方が、回復が早いように思います。

しかし、そのあたりの事がわからない学校の先生がまだいるもので、「来れるようになったのだから、もう休まず来い(ダラダラやってるんじゃない)。」みたいな対応をされる場合もあるので、このあたりは先生と(親が)ちゃんと話し合う必要があるんですが、「そんな甘やかしてるから」みたいに言われて親のほうもコテンパンにやられてしまう事が多いので気を付けて。
また、学校側とたびたび面談の機会があると思うのですが、必ずお父さん(あるいは誰か男の人)同伴で行ってください。お母さんだけだと、けっこうひどい言われ方をする場合がありますので。
また、本人が学校へ戻りたいと言っている場合は、(いろいろ悔しい思いもするかもしれませんが)学校とは戦わない方がいいように思います。
学校の先生と親がケンカをしたために、学校へ戻りずらくなってしまった話をけっこう聞きます。
こんなふうに常識とは違う考え方や対応のコツがいろいろあるので、その道に詳しいカウンセラーさんなどからアドバイスを得た方が良いですね。(カウンセラーさんにもいろいろなタイプの人がいるので合う人を探して)

子どもたちが故郷のように慕うあの町は、私にとってはただ夫の転勤で15年ほど居住してパートをしながら子育てした場所であり、ほんとうは良い人との出会いがあったし、いろいろ良いこともたくさんあったはずなのに、私の中ではつらいことばかり思い出される場所として存在しています。
子どもが学校へ行かなくなると(たとえいじめの問題でも)、対学校や保護者関係や地域で、どんなことが巻き起こって、どんな立場に立たされ、どんな扱いを受けるのかよくわかりました(一番嫌なのは、味方のように見える人の無自覚な本音がちょっとした言動にあらわれるとき)。
子どもが学校へ行ってたって、ヒドイ家というのはあるでしょうに、と思うんですが。
でも、どんな人が味方になってくれ、どんな人がそうでないのか、見分けがつくようになったかな少し。
何でもなくふつうに接してくれる人がありがたかったですね。
もう7〜8年も前のことなのに、まだ(感情が)成仏していないようで、正月からそんなちょっと薄暗い日記を書いてみました。

いま困っている誰かの役に立てたら幸いです(何かの参考になれば)。

※もちろんケースバイケースです。
(不登校親の会で話し合っていて共通見解されていたものを主に書いています)

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