日記・コラム・つぶやき

社会とつながるプロセス

備忘録です。

(占いとは違いますが、きっとこのブログにたどり着いた方には、多少興味があったりする内容では…)

今回のこのあたり内容は、受け入れられる人と受け入れられない人と、両方いるのではないかと思います。

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寛解してくると、今度は「社会復帰」が問題となる時期になる。

患者に就労を無理に押し付けるような支援は「あせり」「無理」に陥っていた状態への逆戻りを進めることになりかねない。

また、そのような支援が成功したかに見えても、せいぜいのところ社会の末端の仕事をあてがうのが精一杯であろう。

現在でもなお、精神科医療における自立観は、社会の多数派(マジョリティー)の生き方、価値観を身につけていくことに重点が置かれている。ソーシャルスキルトレーニングがひたすら社会適応の訓練としてもちいられ、その延長線上にジョブトレーニングが行われる。

患者に訓練を強いるのではなく、患者自身から自然に生まれてくる活動に目を向けてみると、思いがけないような仕方で社会とのつながりが回復されていくプロセスが見いだせる。

社会とつながるプロセスは、失われたものを取り戻そうと「あせり」に陥ることであってはならない。

「ゆとり」のなかで、新たな可能性をふくむ探索的な活動がはじまり、その多くがうまくいかなくても、いくつかの探索活動が次の探索活動の拠点となるというプロセスが連鎖していくことで、患者はおのずから社会のうちに根を張っていく。

このプロセスに医療者があまり深く関与しないことを勧めている。

それは、これらの探索活動が患者たちの「世界」(あるいは「宇宙」)の再建にかかわるものであるからである。

この「世界」は人から与えられるものであってはならず、患者自身が産み出したものでなけらばならない。

医療者がすべきことは、探索活動のための基地になることと、あるいは探索の補助的な役割を果たすことである。

『中井久夫との対話』村澤真保呂、村澤和多里 著

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T冥王星とN土星のハードアスペクト

去年まで約2年間ほど、T(トランジット)冥王星がN(ネイタル)土星に90度でした(私)。
私の年代および、活動宮に土星がある人たちは、順次ハードアスペクトで複数回T冥王星の洗礼を受けるわけです。
世代的なものもあるし、あまり大きくは言われていないことですが、
経験してみて、やっぱりけっこうクルな(影響あるな)と思いました。

自分や周囲でよくみられた傾向として、

親の死、長年大切にしていた者との死や別れ、
仕事を辞める、
離婚、
長年努力や継続してきたことの終了、
パワハラ、
土星滞在ハウスに関連する出来事、
土星支配星のハウスに関連する出来事、

などがあったかな。

現在、T土星も活動急にいますので、N土星が活動級の人にとっては、
強烈な背骨の矯正時期になると思われます。

こちらも、観察続行中の案件です。



でも、終わりがあれば始まりもあるわけで、
また新たに何かが始まる時期でもあるわけですね。

 

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「月」つぶやき②

月について考えているのですが、

私のイメージでは、月は”泣き所”的な感じがあります。
求めても求めても満たされず、
満たされたと思ったらまた欠けていくもの。
だからこそ「重要な欲求」として扱われる。

だけれど、やはり、「月の性質が強く出ているときというのは、
その人にとって悪い状態」であることが多いように思います。
「月の対向にある星座を意識すると良い」というのも、ほんとうにその通りとうなづけるものがあります。

でも確かに、月の星座をうまく使っている人もいますね。
月の状態の良い人、特に太陽と月が不調和でない人がそうなのかな、という感じが(今のところ)しています。
まだいろいろ観察中(調査中)です。

ちなみに月は前世でやっていたことと関係があるという話もあります。
いずれにしても、太陽活動をやっていくのが一番良いですね。


つぶやきでした。

(長い記事を書くのがしんどくなってきたので、今後はつぶやきみたいなのが増えるかもしれません)









 

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いま話題の「月」つぶやき①

いま、某A先生が話題にされている「月」の解釈や取扱いについて、
世間(占星術界)が波立っていますね。

私はここ何年か、某理論のもとに月を「重要な欲求」として取り扱っていましたが、
実際問題、月に重きを置いてやっていくことに何か無理があるような気がして、
言いようのない疑問を感じていました。

そんなときに某A先生のブログでの投石を読んでハッとし、
(A先生の)「月の教科書」を取り寄せたり、
むかし学んだイギリス系占星術の先生の講座資料を見直したりして、
「やっぱり、月は陰だよな(陽的に扱うのはよくないな)。」
という考えに至りました(私は。今のところですが)。
もちろん、どんな解釈も一理あるので、全てを否定はしていません。

西洋占星術は、時代によって解釈や考え方が変わって行きますからね。
また、時代の変化とともに、新たな流れが始まっていくような気がしています。

つぶやきでした。

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不登校について(コツなど)

今年は喪中ということもあって静かな正月を迎えています。
長男は中学まで住んでいた地方の町へ、成人式に呼んでもらって行っている(なんとハガキが来た)。
まるで田舎へ帰省するかのように、友達の家へ泊まってくるみたい(正月からありがたいことです)。
やつは中学生の時いろいろあって1年数ヶ月ほど学校を休んだ経験者なので、正直、向こうの成人式へは行かないのではと思っていました。だけど、きっといろいろ思うところがあるんでしょう。

長男があれだけ中学校を休んでも、普通高校へ進学し(ひろってくれる高校があるものだ)、普通に大学へ進学して、レポート、バイト、サークルなどなど大学生らしく生きているのを見ると、どんなルートをたどってもゴールは同じなんじゃないかと思ったりします。
(これから先どうなるかなんてリスクは、他の子と同じだろうと思う。)
また、不登校で休んでいる間は、ほぼ家でのんびりしていて勉強もしなかったけれど、その後どうにかなっているのは(勉強の抜けはたくさんあるはずなのに)、いったい何なのかと思う(そういう話よく聞きます)。
中学校って、あるいは中学校の勉強って何だろう(いや大事ですけれどね)。

「子どもはお母さんを救けるために問題を起こしているんだよ」というのは、同じ不登校のお母さん(子どもが学校へ行き始めた)から教わったこと。
お母さんの、どんな部分を救けてくれようとしているのかは、渦中にいる時にはわからないのですが、「あっそうか!」と気づくと、不思議と子どもが学校へ行き始めるという、そんな不思議なことが、私にもありました。
それからは(自分が)生きるのも、子育ても、ほんとうに楽になりましたね。
あの子があのまま(苦しいまま)学校へ行っていたら、私も子どもも、今でも苦しいだろうなぁ。

休んでいる間のコツは「お母さんは、親切な下宿のおばさんでいる」こと。
母親だからこの子を何とかしないと…と思うと、間違いなく余計なことをしてしまいます。
いかに余計なことをしないで我慢するか、というのが大事で、そのためには、お母さんの不安をコントロールし(子どもの心配をしないこと)、子どもの成長を信じることが大切(休んでいてもちゃんと心は成長しています)。
あと、お母さんが楽しく生きていること(死んではいけない)。
どんなことが余計なことなのかを知るために(余計なことをすると、けっこう子どものエネルギーを消耗させ、不登校が長引きますから)、また不安をコントロールするためにも、お母さんがカウンセリングを受けた方が良いと思います。

また、学校を休み始めた数ヶ月と、学校へ行き始めの数ヶ月は、特別な対応が必要ですね。ここでこじらせると、親子関係が悪化して長引きますから。
休み始めの時期は、もう「休む」と言った時点で限界なので、快く休ませること。
何日も続いてくると、親の方が不安になって、強引に行かせたり不機嫌になったり、いろいろな強硬策をくだしてしまうものです(まさかと思っても、そういう状況になると多くの人がやってしまうものなのですよ)。
たとえば、よく聞く話では、朝、登校時間になると下痢をしてトイレに籠ってしまう子が多いのですが、「早く出てきなさい!」と言ってトイレの戸をバンバン叩いたり、車で学校まで連れて行って校門前で無理やり蹴降ろして扉を閉めて走り去ったりするとか(そういう家は長引いていました)。
学校へ行き渋ったら、「休んでいいよ(休んでもいいし行ってもいいけど休んだら?というニュアンス) 」と言ってあげるのがベストだと思います。
「元気になった子が家にずっといられるわけがない。」というのが、カウンセラーさんに言ってもらって心の支えになった言葉です(実際そのとおり)。

また、しばらく休むと、ある時「明日学校へ行くよ」と言い出すのですが、ここで喜んだりしないこと(たいてい朝になると起きてきません)。
また、たとえ学校へ一日二日行っても喜んだりしないこと。たいてい、行ったり休んだり(ダラダラやっているように見える)しながら回復していくものです。
子どもの様子によって、親が喜んだり落胆したり浮いたり沈んだりすることが増えますが、その姿は子どもに見せずに、学校へ行っても休んでも変わらず普通にしていた方が、回復が早いように思います。

しかし、そのあたりの事がわからない学校の先生がまだいるもので、「来れるようになったのだから、もう休まず来い(ダラダラやってるんじゃない)。」みたいな対応をされる場合もあるので、このあたりは先生と(親が)ちゃんと話し合う必要があるんですが、「そんな甘やかしてるから」みたいに言われて親のほうもコテンパンにやられてしまう事が多いので気を付けて。
また、学校側とたびたび面談の機会があると思うのですが、必ずお父さん(あるいは誰か男の人)同伴で行ってください。お母さんだけだと、けっこうひどい言われ方をする場合がありますので。
また、本人が学校へ戻りたいと言っている場合は、(いろいろ悔しい思いもするかもしれませんが)学校とは戦わない方がいいように思います。
学校の先生と親がケンカをしたために、学校へ戻りずらくなってしまった話をけっこう聞きます。
こんなふうに常識とは違う考え方や対応のコツがいろいろあるので、その道に詳しいカウンセラーさんなどからアドバイスを得た方が良いですね。(カウンセラーさんにもいろいろなタイプの人がいるので合う人を探して)

子どもたちが故郷のように慕うあの町は、私にとってはただ夫の転勤で15年ほど居住してパートをしながら子育てした場所であり、ほんとうは良い人との出会いがあったし、いろいろ良いこともたくさんあったはずなのに、私の中ではつらいことばかり思い出される場所として存在しています。
子どもが学校へ行かなくなると(たとえいじめの問題でも)、対学校や保護者関係や地域で、どんなことが巻き起こって、どんな立場に立たされ、どんな扱いを受けるのかよくわかりました(一番嫌なのは、味方のように見える人の無自覚な本音がちょっとした言動にあらわれるとき)。
子どもが学校へ行ってたって、ヒドイ家というのはあるでしょうに、と思うんですが。
でも、どんな人が味方になってくれ、どんな人がそうでないのか、見分けがつくようになったかな少し。
何でもなくふつうに接してくれる人がありがたかったですね。
もう7〜8年も前のことなのに、まだ(感情が)成仏していないようで、正月からそんなちょっと薄暗い日記を書いてみました。

いま困っている誰かの役に立てたら幸いです(何かの参考になれば)。

※もちろんケースバイケースです。
(不登校親の会で話し合っていて共通見解されていたものを主に書いています)

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ジンズブレインさま社内報

ジンズブレインさまの社内報『Bice』にて、
「2015年今年の運勢 12星座星占い」を、
6ページの大ボリュームで熱血執筆させていただきました。
ありがとうございました!
今後ともよろしくお願いいたします^^
がんばります♪

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